masato日記

やっていきます

担々麺を食べる。とうがらしと山椒が入っていて、辛い。しかも大盛りだ。
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胃に刺激が強すぎたようで、夕食が食べれなくなった。

無目的に渋谷にいく。書店に行ってみようと思い、書店を検索する。ジュンク堂書店が東急百貨店の7階にあった。

百貨店を出ると、はっぴを着ている人がいる。歩行者天国になっていて、お神輿をわっしょいしている。

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渋谷でも神輿をかつぐお祭りがあるのだ。

帰り道、図書館に寄る。保坂和志の『カフカ式練習帖』があれば借りたかった。しかしそれは置いてない。

そこで一時間ばかし丸谷才一の『彼方へ』を読む。1970年代に書かれた小説ということだったが、古さは感じない。片手で本を開きながら、反対の手でスマホをいじっていると、「館内でのカメラの使用はご遠慮ください」と職員さんが言う。本のページを写真に撮っているようにみえたらしい。が、おれは写真は撮ってない。とっていたのはメモだ。

というわけで、村上春樹の作品全集で『風の歌を聴け』と『1979年のピンボール』が入っているやつを借りて去る。

風の歌を聴け」にはこういうくだりがある。

話せば長いことだが、僕は21歳になる。まだ十分に若くはあるが、以前ほど若くはない。もしそれが気に入らなければ、日曜の朝にエンパイア・ステート・ビルの屋上から飛び降りる以外に手はない。

自分は33歳だが、前半部分のことは毎年思う。だが21歳は若い。村上春樹はこの作品を書いたときたしか35歳くらいだったはず。

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貸し出しカード。98年から99年の記録。月に1〜2回貸し出されていたことがわかる。電子化されていないところがとても良い。

らーめん

らーめんを食べた。
和風だしで、かつおの風味がした。
めんは細麺でこしが弱めで、ぱっさりしていた。

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辛いらーめんで有名だという中本を今度食べてみたい。
辛さには弱い方だが、辛いものは好きだ。
相当辛いみたいなので、注文しても食べれないかもしれない。

辛いものには明らかに中毒性がある。
食べていてつらい(辛い)のにまた食べたくなる。
辛さ耐性が低いため、食べ終えた後はからだがしんどい。
れっきとした自傷行為と呼べるだろう。

また夢をみたい

眠ってみる夢のほうの夢。 先月にレジスタントスターチを食べるようになったら夢を見だしたということを書いた。

masatoz.hatenablog.com

ブログには書いてないが、この記事の翌日にも別の夢を見た。

それから一月ほどが経つが、ここのところ夢を見ない。夢をみるのはなかなか悪くなかった。おれは、また夢をみれるようになりたい。

夢を見る/見ないには、腸内細菌というか、腸の状態が影響していると想像している。夢をみるのは、腸内フローラが育っていて(?)、迷走神経がちょうどよく刺激される場合である。最近夢が見れないのはレジスタントスターチを摂らなくなったことと関係があるかもしれない。レジスタントスターチは腸内細菌を育てる。ヨーグルトは食べつづけているのだが、それだけでは不十分かもしれない。

というわけで、おもむろにお茶にレジスタントスターチの粉末をとかして飲んでみた。おいしくはないが、不味くもない。ただし粉っぽい。何かおいしく摂取できるレシピがあるといいのだが。料理のとろみ付けとして片栗粉のかわりに使えばいいのだろうが、とろみをつけるような料理を作らないので、別の方法をみつけないといけない。

はたして、きょうは夢を見るのか。

「負けたくはないやろ」と言うひとばかりいて負けたさをうまく言えない

結局無様なかっこうで流されてしまう。

 

目標がなくなったあとおそなつに嚙む木べらから木の味がする

他にすることがないことの表現として。木べらは味方だ。いつも助けてくれるから。それをあえて齧るときに何をおもうのか。

 

口笛を吹いて歩けばここに野のくる心地する 果てまで草の

すべて 虫武一俊『羽虫群』より

今日はじめて税務署に電話をした。市民税・県民税の納付を忘れていて払込書の期限がすぎてしまったからだ。税金の払込用紙が入って送られて来た封筒の裏面に「お問い合わせは、この封筒に封入されている納付書などに記載されている市税事務所の担当係へとお願いします」とあった。別の担当に電話がいかないよう配慮された書き方だと思った。そういうのが多くて困っているのかもしれない。うっかり違う窓口に電話したら不機嫌な声でちくりと言われそうという思いがよぎった。「担当係」に電話しなければいけない。おれは素直にしたがって、封入されていた用紙であるところの払込用紙にその連絡先電話番号を求めた。そして、それはあった。時刻は11時前、6コールくらい鳴らしたところで男性の職員が出た。声色から歳はたぶん40歳くらい。50歳には達していないし、30代にしては貫禄がありすぎるかといったところ。でも税務署に勤めているような人は若くしてそのようなレベルに達するのかもしれない。税務署に勤めている人の知り合いがいないのでよくわからない。で、「期限が切れてしまったからどうやって払えばいいですか」、「郵便局、銀行にもっていけばまだ使えます」。問題はなかった。ただ行って金を払えばいい。以上。きょうは人生ではじめて税務署に電話をしたという日だった。

夕暮れ時、用事を済ませるために行ったコンビニからの帰り道、道にお祭りのちょうちんがかかっているのをみた。近所の神社できょう祭りをやっているらしかった。自転車を走らせて行ってみると、住宅地の一角にその神社があった。たくさん掲げられたちょうちんの明かりがあたりをだいだい色に染めていた。お囃子も盛大にやっていた。太鼓や笛にまじって子供大人の声が聞こえた。おれは祭りの雰囲気を少しだけたのしんでから帰宅した。

Still Cornersを発見した

心に刺さる音楽を半年だかそこらにひとつくらい発見する。今日、というかさっき、Still Cornersの"The Trip"という曲を聴いた。YouTubeのリコメンドのプレイリストをてきとうにかけていたら、それが流れてきて、「これは」となった。  

www.youtube.com

うつくしい曲である。聴いていると、無垢な、いまだに擦り切れず、汚れからまぬかれている、何かとても良きものの存在を感じることができる。たとえばおれの場合、ちいさい頃に家族でスキーに出かける前の午前5時や、年に数回だけ会う非常に仲の良かった親戚の家に遊びに出かける前の高揚感などがそうだ。イントロのメロディーは独り良い気分でいるとき、雪がしずかにふっているときの幸福であり、秋の森で枯葉だか樹木だかの甘い匂いをかぐときの解放感のようだ。  

というわけで、Still Cornersはとてもよいです。   

一年前はEmily Hainesがよいと書いた。このアルバムは今でも時々聴いている。

masatoz.hatenablog.com

「お気に入り」がちょびっとずつ年々増えていくについれて、この曲はいつどこで聴いたという記憶の風景のストックも増えていく。