masato日記

おもったこといろいろ

スーパーでの食料調達における費用対満足度について

毎日スーパーの総菜にお世話になっています。
突然ですが、食事にかける金とそこから得られる満足度は比例しないことに思い当たりました。私の場合、高い食べ物を買うときは、その費用に見合う満足を期待しています。ですが、金を出しただけの満足が得られているかというと、どうもそうでもないようです。(スーパーマーケットの話です。)

たとえば、最高グレードの寿司1200円と今日の夕食を比べてみるとどうなるか。1000円以上のスーパーの寿司詰めには、はまち、まぐろ、あじ、穴子、サーモン…などなどいろんなネタが割と気前よく入ってて、ぜんぶで10貫くらいですか、見た目的にも量的にも満足感があります。

一方、私の本日の夕食は合計およそ300円ほどでした。スーパーで買った半額の穴子巻き、昨日の残り物の塩焼き鮭、オクラ、ミニトマト、残り物のおにぎりひとつ、そして日やご飯。豪華さは全然ですが、ふつうにおいしいです。それなりに満足感があります。

さて、この両者は値段にして約4倍の開きがあるわけですが、満足度の差はというと、正直2倍以下でしたね。上の例でいえば、寿司はうまいけど、オクラと塩焼き鮭も十分いける、ということです。

すくなくとも普通のスーパーで食料を調達する場合、私の感覚は以上のようになります。ただ、スーパーじゃない別の場所であれば、話は変わると思いますが。

結論。スーパーでは手ごろな値段で満足するほうが費用対満足度は高い。そうして浮いたお金でほんとうにうまいものを食べにいこう。

『オンリー・ゴッド』を観てきた

モリモリの暴力描写があるとはいえ、そこそこ安心して見ていられる映画だった。監督が暴力大好きというわけではないことが伝わってくるからだと思う。とにかく、今年みた映画でたくさん血が出てくる作品ナンバーワン。  

 主な登場人物の半分くらいが謎のゴッド的警官によって裁かれ、その多くは永遠に葬られ、あるいは腕を切り落とされていた。バイオレントではあったが、以外と胸糞は悪くない。一種、さわやかさもあった。みんなのタブーを直接に描いている点で。  

 一番ショッキングだったシーンは、処刑された母親の腹部に息子が手を入れる場面。ウワァァ...というおぞましさもあったのだが、母にそこまで執着する主人公のマザコンさ(失礼)に男の哀しみが感じられた。このシーン、学生の時にみた『追悼のざわめき』で、マネキンの子宮に××していたのを思い出させる。

 ところで、本作を制作したニコラス・ウィンディング・レフン監督のドキュメンタリーが伏見ミリオン座で同時上映している。『オンリーゴッド』制作の舞台裏を描いた『マイ・ライフ・ディレクテッド・バイ・ニコラス・ウィンディング・レフン』だ。実はこちらも先日観てきた。撮影は、監督の奥さんのリブ・コーフィックセンがやっている。カメラマンが奥さんであるせいか、カメラと監督との距離が近い。かなり素の様子が出ているようにみえた。「これ、他人に見せていいのか」と観てるこっちがハラハラする場面もちらほら。  

 バンコクでの撮影期間の合間にこのドキュメンタリーは取られていて、監督がくよくよしているところや疲れている様子から本作に対するかなりのプレッシャーが伝わってきた。一凡人のわたしにとって、こんなに世間から絶賛されている人であっても、自信が無くて気弱になるんだなーと珍しいものを見た気がした。また、身近な人にカッとなってしまったりするシーンもあった。人間が怒ったり落ち込んだりするのは当たり前といえば当たり前、だが芸能界の人達の“パーフェクト”な印象とにギャップがあった。

 レフン監督は前作の『ドライブ』が評判みたいだから、こっちも機会があれば観てみたい。

 

 

 

休日の長い昼寝の後悔

休日を寝て過ごすと、なんだか後悔してしまう。昼食後、部屋にいてその後の予定がないとき、ちょっと休憩するつもりで横になったところ、そのご3時間くらい寝て過ごしてしまうということを、最近またやるようになってきた。その時々で程度は違えども、「やってしまった」という感じでちょっと後ろめたくなる。まるで休日が理不尽に奪われてしまったかのような気持ちになるようだ。

休日の長い昼寝はここ数年で徐々に減ってきており、最近は安定してほぼなくなっていただけに、いま復活のきざしがみえてきて心配している。

もちろんほんとうはその時間は奪われたのではなく、昼寝するのに使っていただけ。ある意味で自分がやりたいことをやったということにすぎない。眠いから寝たというわけ。

そもそも、休日を寝て過ごしたからといって別に後悔しなくてもよいとは思う。思うけど、実際はしてしまうとこがむずかしいところ。

ちょっとのあいだ、あれこれ思ってみたが、結局、眠いときは寝るのが一番だという結論に落ち着いた。開き直って(?)どんどん寝ていこうと思う。昼寝できるだけ平和だ。

ところで、この現象って名前付いてないんだろうか。確認したことはないけど、ひとによってはけっこうやってそう。

カミュの『異邦人』を読み返してみた

新潮文庫の『異邦人』(窪田啓作訳)の巻末に、カミュが『異邦人』の英語版に寄せたという、この小説についての自序が載っている。

…母親の葬儀で涙を流さない人間は、すべてこの社会で死刑を宣言されるおそれがあるという意味は、お芝居をしないと、彼が暮らす社会では、異邦人として扱われるよりほかはないということである。ムルソーはなぜ演技をしなかったか、それは彼が嘘をつくことを拒否したからだ。嘘をつくという意味は、無いことをいうだけでなく、あること以上のことをいったり、感じること以上のことをいったりすることだ。しかし、生活を混乱させないために、われわれは毎日、嘘をつく。ムルソーは外面から見たところとちがって、生活を単純化させようとはしない。ムルソーは人間の屑ではない。彼は絶対と心理に対する情熱に燃え、影を残さぬ太陽を愛する人間である。彼が問題とする心理は、存在することと、感じることとの心理である。それはまだ否定的ではあるが、これなくしては、自己も世界も、征服することはできないだろう…

ムルソーは小説の主人公だ。ムルソーは、嘘をつかない。それゆえ、空気も読まない。いつも自身の感情、感覚に率直で、動物的な雰囲気さえするワイルドな男だ。小説は3回くらい通しで読んだが、たぶん、ムルソーが空気を読まずに正直発言をしすぎるがために、死刑判決を下されてしまい…というストーリーだったと思う。(付け加えると、ムルソーは殺人をおかして投獄される。小説はムルソーが獄中で死刑を待ち望む場面でおわる。)

冒頭のカミュの自序に戻ると、「嘘」についてするどい観察だなとおもった。とくに「嘘をつくという意味は、無いことをいうだけでなく、あること以上のことをいったり、感じること以上のことをいったりすることだ」という部分が。そして、「しかし、生活を混乱させないために、われわれは毎日、嘘をつく」ということも踏まえている。

もしみながムルソーみたく自分に素直すぎる人間になったら社会はまわっていかない。協調性が無さ過ぎて集団生活ができないだろう。とはいえ、そういうスタイルには正直あこがれる。それは、嘘をつくのは必要とはいえ、つかれるからだ。思えば、日常の愚痴のけっこうな割合は、嘘をまわしていく苦労によるものとも考えることができる。

ムルソーの真似はできないけど、なるべく嘘は少なめでやっていけるといいなとおもいます。

20170808

久々に残業。クタクタになる。帰ってコーディングの続きを少しやった。帰宅途中のコンビニで買ったビールはそのまま冷蔵庫へ。夜遅くの飲酒は翌日に持ち越すから。
夜10時の駅前のコンビニは所在なさげな中年男性と仕事帰りのサラリーマンがいた。小さいこどもを連れたお母さんが歩道にいっしょになってしゃがんでなにかを指さしている。動物でもいたのだろうか。楽しそうだ。
最近、飲酒していない。体調がいいときはがんがん飲めるが、下り坂のときは飲まない。飲まなければ飲まないでやっていけるから問題ない。

無限ループを避けてwhileで正規表現マッチを試みる

正規表現にマッチする文字列をすべて取りだそうとしてwhileループを試みたとき、無限ループになってハマった。

   while ( $text =~ /$regex{$maker}{item}/sm ) { #無限ループ
        print "match\n";
            $parsed{ $+{pos} }{item_name}    = $+{item_name} // '';
}

解決策はシンプルで、gオプションを付ければよかった。

   while ( $text =~ /$regex{$maker}{item}/gsm ) {
        print "match\n";
            $parsed{ $+{pos} }{item_name}    = $+{item_name} // '';
}

20180807

有給。目がずきずきして昼まで寝る。台風が近づいてきて雨が強まってきた。食料がないが外にもいけず、食事を宅配してもらう。配達ありがとうございます。

散髪。勘違いしてて30分遅れた。後ろがたまたますいていたので切ってもらえてよかった。
美容室の近くにあるおいしい中華を教えてもらったので、そのまま向かって夕食。中村区役所駅ちかくの萬珍軒という店。卵とじラーメンと砂肝炒めを食べた。出てくるのがめっちゃ早い。中華料理というとカジュアルな感じのお店ばかり連想してしまうが、ここはこぎれいでオシャレな感じだった。そのせいか客の半分くらいは女性客だった。一人ご飯でも二人ご飯でも、そしてデートにも使えそうな店だ。

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