masatoの日記

やっていきます

4/15

今日は月曜日。(週のはじまり)

回復を期待したウツっぽさが継続している。

労の環境にいくと頭に霧がかかる。(認知的視力?がない)

まともに振る舞えていたかわからない。

先週と今とではこころの防御力が違いすぎる。

今、ほぼ無防備なので攻撃を食らう余裕がない。

パンチが当たらない距離を常に保つように身を御す必要がある。

元から小心者だが、よりいっそうそうなった。

自分ごとながら以前の自分の気持ちはよくわからない。

自分でさえそうだ。

人の気持ちがわかるなどというのは単なる言葉のあやなのではないか。(あるとすればその人は心的領域の時空を行き来する能力がある)(そういう人もひょっとしたらいるのかもしれない)(僕はそうではない)

気分の変調というのは興味深いところがある。

憂うつだが奇妙に落ち着ちついて、あきらめのようなすがすがしさを感じたり、かと思えば、外部の刺激が飽和して、何もわからなくなって、世界がとげとげしくなったりする。(電車の乗り換えのとき、四方からくる人の流れを読むのに苦労する)(ぶつかる程ではない)

こういう不調の入口にいることはめずらしい。

今のうちにこういうことを書いておくのはおもしろいかもしれない。

 

頭に霧がかかるというのは考えようとすると、考えてわかるようになると期待するモノが1メートル先にあるとして、10センチまでのところで視界がなくなるみたいなことだ。(かなり大げさに言っているかもしれない)

あれもっと見えるはずなのにおかしいなという感じになる。

バカの壁というよりは、リミッターがかかっている感じに似ている。

越えようとして力を入れると壊しそうだからそっと弱めるのがよい。

ウツ=リミッター説というものがある。負荷がそれ以上かかることのないように身体がブレーキをかけるらしい。

それがウツの必要性だという。

そうだとすると、人体(広い意味では生命体)の不思議を感じる。(「感じる」を多用している)

まあしかし、僕は軽症なはずなので、負荷をかけずに過ごしていれば復調するだろう。

ウツ自体は絶対的悪というほどのものでもない。

破壊的なのは二次被害の方だ。

ウツ状態を否認して、「健常」時の行動を取り戻そうとがんばるといけない。

オイルが切れて、オーバーヒートしつつあるエンジンをさらに回せば、やがて焼け付いて回転が止まる。(こういうたとえが適切かどうかは知らないが)

正常であれ、あるいはまともであれ、といい、人を追い込むのはいけない。

そういうのはかつてあったし今もあるだろう。

自分はそういうことをしないようにしたい。

4/14

(1:40)

朝は11時前に起床。

昨夜(4/13)はビールをたくさん飲んだので、遅めに起きた。

昼はスーパーで買った加工済みビビンバ。(おいしい)

昼からは散髪。

5時から近くのスーパー銭湯にいった。

駅から出ているシャトルバスに乗った。

街場で待っていると、バス到着。

銭湯は日曜ということでめちゃくちゃ混んでいた。

湯船には限られたスペースしかなく、空きを待たねばならぬ状態。

お湯はとてもにごっていた…。

ゆっくりするのはあきらめて、さっさと出てきた。

でも広い湯船はよい。

帰りのシャトルバスが満席で乗れなかった。

仕方ないないので、別の駅に行くバスに乗った。

見知らぬ駅に送られる。

よくわからないところに連れて行かれるのは心細い気持ちになる。

電車を乗り継ぎ遠回りして帰宅。(一時間ちょっとかかった…)

今日は頭に霧がかかることはなかった。

金曜、土曜のことは一時的なものに終わるかもしれない。

休養をこころがける。

 

4/13

10時前に起床。

五反田に移動。

10分遅れた。(遅刻)

チリチキンサンドをサブウェイで食べた。(おいしかった)

昨日は日記を書かなかった。 

昨日は3時ころに早退した。

なんかメンタル的に調子がわるくて、認知ミスをして仕事を破壊しそうだったので防止策として退社することにしたのだった。

その調子が尾を引いていて、頭に霧がかかったようになり何も判断および認知できなくなる空白の瞬間がくることが今日もあった。

これはあぶないかもしれない。

4月的な危機。

 

4/11

(0:21+1)

口内炎がずっと治らない。

なんか体調悪い。

(わるい)

 

今日も出勤した。

昼休み、カレーヌードル。

(うまい)

天気が良かったので公園にでかけた途中、会社の人と道ですれ違った。

相手は僕の存在に気づいていてなるべく視線を合わさないように避けられたので、精神が凹んだ。

いいなと思っていたひとだったので…。

(たいへんつらい)

 

午後、2時間おきに休憩しながら労働したらすぐに定時になっていた。

そそくさと退社。

 

帰宅後、精神が凹んで寝込んだ。

明日の朝までには神経が修復されるとおもう。

(再起不能時間が長い)

(仕方ない)

 

4/10

(21:58)

今日は異常に寒かった。

昼のTVニュースで関東各地で雪が降ってるのを伝えていた。

それでも朝は割と普通に起きられた。

(よい)

 

最近は(ここ2ヶ月くらい?)疲れが多く、帰宅するともう余力がのこっていない。

それで眠いので、風呂メシをやったらあとはごろごろしなからツイッタとかはてブとかをスマホで見続けてやがて寝てしまう。

 

趣味も勉強も何もない。(無)

休養は有る。

僕は生きるために休養し、休養するために生きている。

休養なく生きるのは耐えられない。

それでは本当に無になってしまう。(なぜ生きるのか?)

 

寝ている生活は非生産ではあるが、不幸ではない。(安息がある)

安息することなく、生産に追われ、命をすり減らして生きるのは不幸だ。

(個人的意見)

 

仕事後にいろいろ活動できている人はすごい。(どうやってるのか)

 

仕事で疲れすぎるから帰宅後は寝るだけ人間になってしまうのだろうか?

たしかに労働はつかれる。

タスクの切り替えが多すぎる。

周りに人がいて、話しかけられに対応しながら課題に集中する必要がある。

蛍光灯がまぶしすぎる。(自宅では蛍光灯はつかわない。電球をつかっている)

職場でも照明は電球にしてほしい。

あかるくすれば仕事がはかどるわけではない。

職場では絶えず緊張しているのでこころが無だ。

 

有の時間は、朝駅まで歩くあいだ朝日を浴びたり、昼休みの公園の散歩やたたずみであったり、退社後のうす明るい空に浮かぶ月を見たりのときだ。(一人になれるとき)


体力に余裕がほしい。