masato日記

おもったこといろいろ

あるべき自分というのは思考の中にしかない

 禅では、過去も未来もなく、あるといえるのはこの瞬間だけ、といいます。

私は、快不快で判断して、これは良い、あれはダメとか決めています。

そして、気分が悪くなると、自分はこんな状態であるべきじゃない、これは不本意なことだとこころの中で不満を感じます。このとき一方で「こうあるべき」というイメージが浮かんでいて、今の不満とその理想とのギャップを感じています。

われわれ人間はリアルではないものに執着して、リアルなものをすっかり忘れてしまいます。それが実際、われわれが行っていることなのです。

「禅マインド ビギナーズ・マインド 」鈴木俊隆

現実が気に入らないとき、私はイメージを捕らわれながら現実がそうなっていないことに憤ったり、苦しんだり、悲しみさえ感じることがあります。そして、そういう有り方を自覚することなく、毎日繰り返しているようです。先ほどの引用はこのようにつづきます。

この点をはっきり認識するなら、完全な落ち着きが得られ、自分を信じることができます。自分に何が起ころうと、かまいません。あなたは自分を信じています。この信は、リアルでないものを信じている通常の信仰とは全く違います。

私に取って身近な「信仰」とは、リアルではないものに自分を近づけていくような努力といってよいかもしれません。その姿勢は、いまここにある自分というリアルなものを否定し、存在しないしないものを求めているようにみえます。きっと、いま自分が不満なのは、今の自分の不完全さが原因なのだという理解があるのです。だから自分を向上させることで、幸せになれると考えるのでしょう。

つい最近、「マインドフルネス」というワードが流行したとき買った上記の本をぱらぱら読んでいて、そんなことを思いました。

  

禅マインド ビギナーズ・マインド (サンガ新書)

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