masato日記

やっていきます

快/不快だけで判断することは実は難しいと思う

心地よいことだけをやることにすると、ほとんどのことはできなくなってしまう気がする。それは嫌なので、何もしないよりは、多少しんどいけど何かをしていた方が楽という、ちょっと複雑なあり方になる。
 
嫌なことをすべて断っていったらどうなるのだろう。
 
たぶん、人生が極端に限定されるだろう。
 
なぜなら、これまでの経験を振り返って、はじめから100%心地よい経験というのは見当たらないからだ。ある程度のしんどさはついて回る。わからないけど、もしかしたらいいかもしれないからやってみる、ということを繰り返した結果のなかからいくつかうれしい経験が得られたのだ。
 
ここで、楽しいかどうかはやってみないとわからないというおなじみの前提に戻ってくる。
 
やってみるべきことと、やらないほうがいいことの境界はいつまでもあいまいだ。そのあいまいさに耐えつつ、たまに失敗したり、成功したりを続けていけばよいのではだろうか。