masato日記

ふだんのにっき

小学校は、田舎の県道ぞいの歩道を1キロほどいって、そこからたんぼ道を抜け、森をのぼっていった山の上にあった。
団地のこどもたちと一緒に歩いて通学していた。人口1万数千人の町で、山奥というほど山ではなかったが、当時はコンビニもほとんどなく、地元の商店があるだけの静かなまちだったと記憶している。ゲームばかりしている子供で、毎月読んでいるゲーム雑誌があった。その雑誌の発売日をいつも楽しみにしていた。その日まで、ゲームに没頭して毎日を送っていて、それはとても楽しかった。好きすぎて、朝5時に起きてゲームしていたこともある。ゲームができるのがうれしくて、うきうきしながら早起きしていた。あるとき早起きした父親にわたしの早朝ゲームが見つかり、「そこまでしてゲームがしたいのか!」と叱られた。見当違いなことで怒られたと納得いかなかった。大人はいろいろなことで不安になるのだ。どうせたいした根拠もなく不安がっているだけであるということをなんとなく察したのか、ただゲームがやりたかっただけなのかはよくわからんが、もちろんその後も早朝ゲームを続けて楽しんだ。

小学校の高学年になると、まわりには自我に目覚めはじめる子供がでてくる。そうしたおませな小5,小6の男子女子が交換日記などをやったりして、なかよくしているのをみて、正直うらやましかった。それと同時に、そういった男たちをみて、まったく恥ずかしがる様子もなく女の子と仲良くできるのはどういう神経をしているのか信じられない(でもうらやましい)、というありがちな思いがあった。そんな面もあったが、大好きなゲームのことを考えるだけで半分夢るような状態で、すばらしく平和な世界を生きていた。

という昔のことを今日思い出していた。