masatoの日記

やっていきます

今日は4月30日、昭和の日の振替休日だ。なぜか出勤日だと思い込んでいた。いつもよりだいぶ早く起きて、寝不足気味でがんばって出社したのに、閉まっていた。なぜだ、会社の人にチャットで確認したから間違っているはずない、会社の人が間違えたのか?とおもい、チャットのやりとりを確認してみると、自分「5/1は営業日ですか?」会社の人「はい、そうです。カレンダーどおりです」とある。間違っているのは自分だった、すみません。しかしなぜだ、5/1の出勤を確認したのに、なぜ4/30が営業日だと思い込んだのか。どこでその認知のズレが起きたのかわからない。

たまに、自分でも説明がつかない思い違いというのがあって、その度に愕然とする。自分大丈夫か?思う。認知の死角がある。最近はそういうことが少なくなってきていたが、久しぶりに起きてしまった。

これ、対策がおもいつかないでいる。自分は、すでにそうであると信じているので、人にも「4/30はよくわからんけど出社日なのです」と言う。言われた人は、会社には色々事情があるから「そうなんですね」と了解してしまうし。ミスが修正されるきっかけというものがない。で、誤りが誤りだと判明したときはすでに破滅している。こういうことがちょくちょくあると辛い。

こういうのをもしかしたらADHD的傾向?というのかもしれないけど、そうだとして、だからなんだ、と思う。カテゴライズしてみたところで、別になにも変わらない。

昔はけっこう困っていて、実は、ADHDの人向けに書かれた本を数冊読んだことがある。自分がそうなのかもしれないと思ってて、生活をスムーズにできるような解決策とか提案とかを探していた。書いてあることを全部把握したわけではないけど、ADHD的うっかりに対する抜本的解決策というのはなくて、できるのは心構えをしておくとか工夫するみたいなことだった。例えば、◯◯な状況で自分はうっかりミスしてしまうからあらかじめそう言うものだと思って準備しておこう、というような。どうしてそういう不可解な勘違いをするのか、ちゃんとできる人からみたらほんと意味不明だと思うし、実際これまでに少なくない人からあきれられて来た気がする。自分でもなぜかわからないので、他人にわかるわけがないと思う。

繰り返したくないとは当然思う。なにするといいかなんだけど、今後ちゃんとやっていこうな、という意味ではブログとかで公に書くことが何かしらプラスの影響になるかもしれない。そとに出しておくと、のちに経験を振り返りやすくなると思う。たぶん。認知がバグる瞬間って完全に無意識のうちに生じるので、そこを意識できるようになるのかはちょっとわからないんだけど。

もし今日が出勤だと勘違いしていなかったら、まだ実家にいて、ごろごろしていたはずだ。名古屋の友人、知人にも会えたとおもう。もう帰って来てしまったから、無理になった。ちょっと複雑な心境。

閉まったオフィスの門の前で3分くらいそうしていた。いつまでもそこにいるのは無駄だから、気を取り直して自宅にUターンした。帰り道、最寄駅のとなりにある区の図書館で利用登録をしてきた。立地がとても便利。通勤するときに必ず通る通りにあるから、返却がこのうえなく楽だ。

急に1日フリーになったので、部屋の整理とか、不用品をメルカリまたはヤフオクに出品して生活必需品の購入資金を捻出したい。あと、3日からの3連休なにしようか作戦が立てれたらたてたい。