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寝てしまったので、昨日の日記を今日書く。
11時過ぎ起床。
目を閉じ続けているのがつらくなって起きた。一昨日長い時間寝ていたせいだと思う。
昼過ぎ、投票にいってきた。投票所の雰囲気は緊張する。
帰りにスーパーで焼きそばとからあげを買った。(昼飯)
これで当日のタスクが完了。
昼寝した。
夕方、散歩にでかけた。
桜が見れたらいいと思った。
普段いく散歩コースに行くと桜が満開になっていた。
今年の桜を見たぞという気持ちなった。
散歩するとMPが回復してよい。
夕食はカレーを作った。
最近別のレシピで作っている。
以前のレシピの方がおいしい。
完成度がまだ足りていないだけかもしれない。もうちょっとレシピに忠実に作ってみるとよい。いつも適当にしてしまうので。
ベッドでツイッタ見てて、目を閉じたら寝落ちしていた。
外国語学習
英語を仕事で使っている。
いちおう生存には問題ないレベル。(ギョウムの遂行という意味で)
読み書きが中心。
自然なスピードで会話するのはむずかしい。自分が発話するには時間がかかりすぎて、相手にまってもらわなければならない。
もっとすらすらと話せるようになりたい。
そのためには、練習(訓練)が必要だ。
なんだけど、生存には問題ないからそれ以上を追い求めるにはこの程度の動機ではよわい。
言語の運用は、会話と読み書きにわけられる。
自分は、そもそも母国語でも会話は流暢にいかない。とはいえ、いまの英語の流暢度はぜんぜんそこに及ばないから、たぶん伸びしろはあるか。
読み書きはどうか。
読むのは、かんたんな表現で書かれている文章ならいける。とはいっても、かんたんであると思われる文章でも、ネイティブによるツイッタはわけがわからないことが多い。
なじみのない表現が使われていてその意味を知らないし、類推もむずかしいのだ。
そういった表現は、たくさん触れるようにして親密度をあげていけば理解できるようになるはずだ。
書くのはむずかしい。
書けば書けるが、流暢度が低く、きびしいと感じることが多い。
かんたんな文章をすなおに書くのは案外むずかしくて、書けるようになるまでは書けない(当たり前)。
はなしは少し変わって、日本語に翻訳するときは、日本語がどれほど書けるかで翻訳文のこなれ具合の上限が決まる。
読めたとしても、読みやすく正しい日本語でそれを執筆できるかどうか。
インターネットには、原文と訳文を両方確認できるドキュメントがたくさんあるから、上手な翻訳と原文をつきあわせて、自分ならどういう言葉で言うかを考えながら、先生の翻訳で答え合わせするような感じにして学習していくと成長しそう。
ただし、エネルギーや動機が足りていなくて、こういう取り組みができたためしがない。
飲酒について
酒をたくさん飲み続けるのはからだに悪いよ。昨日飲まなかったら、今朝からだが軽いのなんのって。酒を習慣にしているとからだの重さにも慣れてしまうよね。いまのからだが重いんだってことがわからなくなるよね。重いとか軽いとかいうのは実感するものであってね、今しかわからないんだ。今が過ぎたら次の今がすべてだから。過去と今の重さは比べようがないよね。もう感覚がすぎてしまっているから。観念としての重さ軽さは測りようがないってことだよね。だからまたお酒を飲みすぎることがあってもね、いまの重さがすべてだから、重いかどうかってまたわからなくなってしまうよね。だから、定量的に判断するのがいいよね。たとえばワイン1本*1は飲み過ぎだって。ビール1缶までなら大丈夫とかってわかるからね。だからさ、言うだけならかんたんなんだよ。でも言うくらいしかできないから言うしかないんだけどね。
*1:たとえばの話。
■
職場でエクセルとかを使っている。ようはデータを編集するアプリケーション。それで、そういうアプリの扱いが苦手な人がいて、そこそこの感じに使えるようになってほしいとき、どうするのがよいのだろうか。
1) 昔いた怖い先輩だと、「仕事で必要なスキルなんだからそれくらいできて当然」と言う。意見としてはわかるが、エクセル苦手ちゃんを仮にAさんと呼ぶことにして、Aさんが勉強しなかったらおしまいなのでは、とおもう。おしまいになったら先輩がAさんをいびって、Aさんは辛くなり、組織の生産性が上がらないどころか、そこから雰囲気が悪くなって職場が汚染される。いいことがなにもない。
2) わからないことがあるなら、わかるようになればよい。先輩が手順書なり動画なりを使って、操作方法や考え方をAさんに伝えればよい。それでAさんは仕事ができるようになる、たぶん。先輩は少し苦労するかもしれないが、Aさんも先輩もしあわせになれる。
このとき、Aさんはとくに教えてほしいとは思っていない可能性がある。反対に教えてほしいと思っている可能性もある。要は、どっちかなんてわからない。でもこれはわからなくても全然問題ない。単純に「Aさんは必要な知識を得てギョウムを遂行できるようになりたいと願っている」という前提で動けばよい。もし願っているのであれば、Aさんは多かれ少なかれ意欲的に知識を覚えるだろうことが期待できる。そうでなければ、まあ、うまくいかないだろう。
だが、ここでもし先輩が知識を伝達する労を惜しみ、「Aさんが本当に知識を得たいと思っているなら自分で動くはずだ」あるいは「それは私の仕事ではない。担当者が責任をもって自助努力すべき」などとしたらどうか。Aさんが遂行できるようになる確率は下がる。理由はかんたんで、Aさんにやる気があった場合、先輩が知識を伝達しないためAさんが必要な知識を得る機会がその分減るからだ。機会損失である。
このように考えて、先輩はAさんのやる気などとは関係なく、彼/彼女が必要な知識にアクセスできるよう環境を整えておくのがよいとおもう。人のやる気をコントロールするのは至難の技だが、機会損失を減らすことは工夫次第で十分可能だからだ。
眠る
先日、最近はよく寝るということを書いた。
いまも眠い日は続いている。平日は仕事から帰宅して食事したら寝ている。休日は起床したあとでもまだまだ眠くて、予定がなければ再び眠る。よくもここまで眠り続けられるものだ、と言われそうだ。でも眠いのだから仕方ない。
だが寝てばかりいてよいのだろうか、とも思う。何もせずに寝てばかりで大丈夫かよ。*1
ちゃんと起きられるか、できるできないかでいえば、できる。無理やり何かをやるように自分を仕向ければ、それをやっているうちに目が覚めてくるだろうから。
だが起きている動機が僕にはとくにない。やりたいこともないし、予定があるときを除き、どうしてもやらなければならないことも今のところない。
たくさん眠ると、体調はおおむね良い。頭もすっきりして機嫌もよくなる。寝てばかりで生産性が低く、何ら長所として人に誇れるものがなかったとしても、機嫌よくしている方が尊いと僕は思う。まあ、両方できればよいけど、それは無理だからこそ、この二択ではある。自分は後者を選ぶ。
何かがやりたくなるときが来るまで、あるいは、単に眠くなくなるまで寝続けよう。
*1:本当にずっと寝ているわけではなく、社交活動もある程度はしています。
■
カレーを作った。
前ツイッタでおすすめされていたのを見かけて買った料理本をみながらやった。
世界一やさしいスパイスカレー教室 -スパイスカレーのしくみがよくわかる-
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良い。カレーの料理本はこれがはじめて。
この本のいいところのひとつは、写真がたくさんのっていること。
あと、玉ねぎは焦がすくらいでいい、そのほうがうまみが出る、ガンガンやれ、と書いてあるところ。
元のツイッタにも書いてあったが、「玉ねぎは焦がしてはいけない!」だと理解してたので、おどろきだった。
写真のおかげでちょうどよい焦がし加減というものががよくわかる。
だがしかし、今日は焦がし過ぎてしまったけども。
このレシピ通りにつくると、カレー屋さんみたいなカレーになって料理がうまくなった気持ちになれる。
カレールーを使うカレーとは別のやつが作れる。
カレールーは、小麦粉でとろみをつけてると思うけど、これは野菜のペーストを水を足してちょうどよい汁感になるように作る。
スパイスカレーというと手間が掛かりそうと思うかもしれないけど、そんなことはない。
缶に入った調合済みスパイスを使えばかんたんだ。
こういうのとか。
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いろんなブランドが缶入りスパイスを売っていて、味を比べてみるのも楽しい。
一度カレーを作り出すと、今度はもっとうまく作ろうという気になる。
また近いうちに作る。